img_7597

今回の朝ドラ「あさが来た」では

主人公・広岡浅子さんを演じる

波瑠さんと共に、

広岡浅子さんの腹違いの姉である

三井春さん(ドラマでは今井はつ)

を演じる宮崎あおいさんが

ダブルヒロインの1人として

注目を浴びました。

 

性格的に正反対の姉妹ですが、

ドラマでも如実に表現されていて

2人の歩む道に明暗が別れていく

ところが何とも切なくなります。

 

Sponsored Links

 

今回は、

その主人公・広岡浅子さんの

お姉さんの三井春さんにスポットを当て、

さらには

広岡浅子さんの子孫たちがどうなったのか?

についても調べてみました。

 

また、広岡浅子さんは

2014年上期に放送された朝ドラ

「花子とアン」の主人公である

村岡花子さんとも実は接点があります。

 

一体どんな関係なのか?

についても触れていきたいと思いますので

 

ドラマの主題歌を聴きながら

リラックスして読み進めてみてください。

 

広岡浅子の姉・三井春はどんな人だった?

kim150922016856_tp_v

三井春さんは、

浅子さんの2歳上の異母姉になります。

 

春さんは、浅子さんが加島屋に嫁いだ

6日後に大阪の両替商の名門

今橋天王寺屋に19歳で嫁ぎました。

(ちなみに今回のドラマでは確か嫁ぐ順番が逆になっていましたよね。)

 

 

春さんの夫は

大眉五兵衛さん(おおまゆ・ごへえ)

と言います。

 

春さんが嫁いで直ぐの頃、

明治維新が起こり、夫・大眉五兵衛さんは

嫁をもらった早々にいきなりピンチに

立たされます。

 

そして、

変わりゆく世の中についていけなかったのか、

両替商にこだわり過ぎたせいで、

今橋天王寺屋は倒産してしまうのです。

 

その後、一家は谷町長屋に転がり込んで、

家族を養うために夫・大眉五兵衛さんは、

天秤棒を担いで物売りにでることに。。。

 

 

そんな夫を、大眉春(三井春)さんは

懸命に支え、縫物などの内職をしながら

家計をやりくりし、家族一丸となって

新たな時代での幸せを見つけて行こうと

したんだそうです。

 

まさに古き良きヤマトナデシコの鏡

のような女性と言えるでしょう。

 

yuka150922240i9a6863_tp_v

先を見据える先見性があり、

新しいものに果敢にチャレンジして

行った妹とは正反対ですね。

 

春さんは、あくまでも

夫を影で支える生涯を送りました。

 

幼少期にしても妹・浅子さんが

たいそうなお転婆だったのに対し、

春さんには琴や裁縫が得意な

おしとやかさがありました。

 

 

そんな性格の違いが、

そのまま2人の対照的な人生に

なってしまうことになります。

 

そして、

どうやら春さんは献身的な苦労も虚しく

25歳という若さでこの世を去ったようです。

 

残念ながら、春さんの最期が

どのようなものであったのかは

資料がなくわかりませんでした。

 

ドラマ「あさが来た」では

難を逃れたあさが嫁いだ加島屋

(ドラマでは加野屋)と

実家の三井家(ドラマでは今井家)

からの援助の申し入れを断り、

夫婦だけで苦難を共にする道を

選択する展開になっています。

 

ドラマでは春(はつ)さんの最期が

早くにくると予想していたのですが、

一家そろって和歌山に行き農業で再出発する

という展開になったので、

ドラマ後半にも登場してくるのではないか?

とそんな予感がしています。

 

ドラマ上では

春さんの芯の強さを強調する感じで

描かれていて好感が持てますね。

 

実際の春さんも、

うちに秘めた闘志は妹・浅子にも

勝るとも劣らないものだった・・・

 

今はそう信じるに留めて置く

ことにしたいと思います。

 

 

ちなみに後々、

「大阪であさとはつが再会を果たす」

という情報もありますので、

予想通り再登場してくるときを

楽しみに待っていましょう!

 

⇨ 関連記事:広岡浅子の生涯は?

⇨ 関連記事:五代を熱演したディーンフジオカの子供は双子?

 

Sponsored Links

 

広岡浅子の子孫たちはどうなった?

kim150922077467_tp_v

広岡浅子さんは夫・信五郎さんらと

加島屋の立て直しに奔走していた頃、

娘・亀子さんを相当な難産の末授かりました。

 

明治9年(1876)10月のことです。

 

今回のドラマでは、

あさが炭鉱に行っている間に妊娠が発覚し、

心配して伸五郎が九州まで

迎えに行っていましたよね。

 

広岡家が大変な時期であったこともあり、

浅子さん夫婦は、それ以後、

2人目以降を諦めて家業の経営に

専念することになったそうです。

 

ちなみに、夫・信五郎さんは

女中(小藤とも)との間にも三女一男

授かっています。

 

そのうち長男の松三郎さんは

後に大同生命4代目社長に就任。

 

他の三女については

残念ながら情報がありませんでした。

 

 

さて、浅子さんの一人娘である

広岡亀子さんはというと、

京都府女学校を卒業後に

一柳子爵家の次男である

一柳恵三さん(広岡恵三)を

婿に迎えます。

 

そして後に、亀子さんと恵三さんは

一男四女に恵まれました。

 

 

この恵三さんは、

東京帝大を卒業し三井銀行を経て、

加島屋経営に加わりることになります。

 

その後、

広岡家の跡取りとなり、

加島銀行の頭取と、

大同生命の2代目社長に就任。

 

更に大阪電気軌道の初代社長にも

就任しましたが、

浅子さんがリスクがありすぎると

辞任させたらしいです。

 

浅子さんは男勝りの性格で

とにかく新しい事への

チャレンジャー精神旺盛な方だった

イメージがありますが、

こういったリスク管理も徹底していた上での

チャレンジだったのでしょうね。

 

だからこそ成功できたのだと思います。

 

 

恵三さんは1952年、76歳で亡くなり、

住んでいた神戸市東灘区の自宅には、

現在甲南女子大学が建っています。

 

その後、

亀子さんと恵三さんの息子である

喜一さんも大同生命の取締役を努めましたが、

結果的に広岡家の手から

大同生命が離れたようで、

しかも加島銀行も昭和恐慌で倒産している

関係もあって、

喜一さん以降の浅子さんの子孫が

どうなったのかは情報がありません

 

ただ、1人娘の亀子さんは

97歳まで長生きしています(1973年没)

 

なので、今回の朝ドラでも、

亀子さんが昔話で

母・浅子について語るシーンが

最後にあるのでは?

と個人的に予想しています。

 

そして、

その懐かしみながら語るシーンで、

これまでの回想シーンが流れる・・・

 

そんな美しい終わり方になれば

いいですねぇ~

 

以上が広岡浅子さんの子孫たちについての

現時点での情報になります。

 

Sponsored Links

 

村岡花子との関係は?

冒頭でお伝えした通り、

広岡浅子さんは、2014年上半期の朝ドラ

「花子とアン」の主人公である

村岡花子さんと交流があったことが

わかりました。

 

浅子さんは晩年、

女子の教育と地位向上のために

精力的に活動していたのですが、

日本女子大学設立後も

その情熱は衰えることがなく、

1914年~1918年(亡くなる前年)まで

毎年、夏に御殿場の別荘にて

若い女性を集めた合宿勉強会を開きます

 

 

そして、この勉強会に実は

村岡花子さんが参加していました

 

キリスト教の夏期講座

とも呼ばれていたそうなので、

師匠までとは行かなかったとしても

熱心なクリスチャンであった花子さんら

若い女性達に、浅子さんは多大な影響を

与えたと言っても過言ではないでしょう。

 

そうなると、、、

もしかしたら「あさが来た」のドラマ上でも

「花子とアン」で主役を演じていた

 

あの女優も出演してくるのでは?

と想像が膨らみます。

 

「あさが来た」の新たな楽しみが

増えましたね。。。

 

 

これは最後の最後まで、

ドラマから目が離せそうにありません!

 

やっぱり朝ドラはこうでなくちゃ~

 

以上、最後までお読み頂き

ありがとうございました。

 

【関連記事】

広岡浅子の生涯は?

五代を熱演したディーンフジオカの子供は双子?

朝ドラの期間はいつから半年に?歴代視聴率上位作品は?

 

Sponsored Links