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三遊亭とむの本名や実家は?芸人から落語家への転身理由が凄い!

落語と言えば、つい先日まで放送されていた昭和元禄落語心中など、落語を題材としたしたものが最近増えてきた印象がありますよね。

 

個人的には、もしこの「昭和元禄落語心中」がドラマ化などされるなら、主人公の与太郎をやる人物としてうってつけだと思っているのが三遊亭とむさんです。

 

人気芸人だったハズの彼が何故自ら落語家への道を選んだのか?

 

この記事では、その転身理由と個人的に気になる…とむさんの本名や実家について調べてみました。

 

三遊亭とむさんの本名や実家は?

三遊亭とむさんは、落語界へ転身する前はピン芸人だったわけですが、その時の芸名が末高斗夢

実はこの芸名は彼の本名でした。

 

その末高斗夢時代は小学生でもわかるようなダジャレネタを持ち味にしていて、笑わせるよりは場をしらけさせることで存在感を出すという芸風でした。

 

芸人さんはそれこそ星の数ほどいるので、そんな中で独自性を発揮していくのは至難の業。

 

ところが当時の末高さんは特技が「利きミネラルウォーター」など、一風変わった芸風とネタの分かり易さが意外にも受けていたんですよね。

 

それが良い意味で差別化となり、その後芸能レポーター等でも活躍。

 

世に出ないうちに消えていく人が多いと言われる厳しいお笑いの世界で、いわゆる人気お笑い芸人と認知される状況まで努力で登りつめた末高さん。

 

ところが2011年8月、突然そんな芸人としてせっかく築いた地位を捨て落語界への転身を発表

 

自ら事務所・ホリプロコムに芸人引退を申し入れたそうです。

 

そして、転身後は三遊亭こうもりとして活動を開始し、現在は二つ目に昇進し三遊亭とむを名乗っています。

 

コツコツ積み上げてきて、売れるようになってからの転身なのでよっぽどのことがあったハズです。

その理由については後述しますが、まず第一感で思うのは、きっと落語界に関係のあるご両親をお持ちだなのでは?ということ。

 

しかし詳しく調べてみると、何と…とむさんの実家は歯医者さん!でした。

 

東京板橋区にある末高医院がとむさんのご実家です。

 

私は大学時代に2年間、実は東武東上線のときわ台周辺に住んでました。

 

こちらの記事でも軽く触れているのですが、

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それさえなければ住みやすい街だったんですけれど…

 

それでも、とむさんの実家を地図で追いかけて懐かしさがこみ上げてきました。

 

私が住んでいたのは、とむさんの実家とは線路を挟んだ反対側でしたが、この辺り一帯は大きな家も多く高級住宅街と言われる地域だったのを思い出します。

 

そんな土地柄で開業しているってだけでも凄いのに、しかも末高歯科の住所は末高ビル1階となってますのでビルごと末高家の持ち物なのでしょう。

 

三遊亭とむさん…相当なお金持ちだったんですね。

 

ちなみに余談ですが、私が住んでいた線路の反対側には、当時あのエスパー伊藤さんが住んでたんですよ~

 

何度か見掛けましたが、普通のマンション…いやアパート?で細々と暮らしていた感じでしたっけ。

今から20年近くも前なので流石に今は引越しているかな…??って話が脱線してすみません。

 

それでは、いよいよ本題です。

三遊亭とむさんが芸人を辞めるに至った経緯について見て行きましょう!

 

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売れっ子芸人・末高斗夢が落語家へ転身したワケ

お笑いの仕事だけでなく、情報番組での芸能リポーターや「野ブタ。をプロデュース」はじめ数々のドラマにも出演していた末高斗夢さん。

 

落語家への突然の転身には先輩などへ相談すること無く、実は

本人自身が熟考の上決めた道

でした。

 

あまりに突然のことに、斗夢さんを可愛がっていた大竹まことさんもビックリを通りこして怒ってたらしいです。

 

「ミスター・ヤングマガジン」

に輝くなどイケメンでもあり、更衣室に忍び込む泥棒役や修行僧といった微妙な役だったにせよドラマにも出たり、レギュラー番組も数本持っていましたから、それなりに充実していたハズ…。

 

というのも、落語家へ転身して二つ目に昇進した2015年の時点でも、芸人のピーク時の年収には及ばないと本人が語っていたからです。

そんな芸人として売れ出して、やっと食えるようになった状況を変えさせたのは一体何だったのでしょうか?

 

当時のことを調べてみると…どうやらキッカケはスピードワゴン・井戸田さんからの一言だったみたいです。

 

それが、

「最近のお前、楽しめてるのか?」

の一言。

末高さんは根がすごく真面目なのでしょう。

 

この言葉を聞いてから、芸人としての自分を

「今のままで良いのか…」

と悩むことになりました。

 

ちょうどこの頃、事務所の後輩であるザ・たっち兄弟にお天気コーナーなどの活躍の場を奪われる形が多くなったんだとか。

そうやって悩んでいたときに起きた…あの東日本大震災

 

支援物資を届けたりとボランティア活動を行う傍ら、マギー審司さん等と被災者を励まそうとネタを披露することになった末高さん。

 

そして事件は起きました。

 

マギーさんらが順調に被災者に笑いを届けて行く中、いよいよ末高さんもネタ披露となったわけですが、そこでいつもの場をしらけさす芸風が災いして、全くウケなかったんだそうです。

さらに、励まさなきゃならない人から逆に

「頑張れ!」

とエールをもらうことに…

 

そこで、末高さんは悟りました。

このままじゃマズい!

と…

 

そして自分を変えようとして「笑い」に対する考え方を変えるべき!と考え、魅了された落語界の門を叩くことになったのです。

 

 

師匠に選んだのは三遊亭好楽さん

驚くことに、その弟子入りする祭、交わされた会話が凄いんです。

 

 

好楽師匠から

「お酒飲めるか?」

と聞かれた斗夢さん。

 

「飲めます!」

と返答すると、

「イイねぇ~」

と言われ、それで入門が決定!

落語の弟子入りって、こんなに簡単で良いのでしょうか?って心配になるくらいにアッサリしたものでした。

 

好楽師匠も、斗夢さんに対し

コイツならやれる!

というヒラメキみたいなものがきっとあったのでしょうね~

 

こうして、「三遊亭こうもり」が誕生し、辛い下積み生活が始まります。

 

先ほど書いたように、とむさんの実家はお金持ちで

「道楽者」

などとツッコまれることも多かったんですが、実際はネタで使う小道具など、ちゃんと自分でバイトして調達していた苦労人でした。

 

そんな芯の強さと、芸人時代に培った人脈で辛い下積み生活を見事乗り切って現在に至ります。

 

とむさんの交友関係はちょっと意外なんですが、ウエンツ瑛士さんとは大の親友で、特に心の支えになってもらったようです。

他にも、KAT-TUNの亀梨和也さんなどとも親交が深いとのこと。

 

やはり、苦しいときにはそう言った人脈が何より救いとなりますよね。

 

とむさんが多方面で活躍されてきた芸人時代の財産と言えるでしょう。

 

ところで、三遊亭こうもり時代には、何とあのR-1グランプリで決勝の舞台にも立ちました。

 

決勝での結果はまさかの0点で、

「三遊亭0点」

とからかわれていたようですが、売れない芸人時代よりも落語の下積み生活は大分マシだったようですよ。

 

だって、師匠に付いていけばご飯は食べれますし、寄席に出ればきちんと手当がもらえます。

1舞台数百円の芸人時代よりは経済的には大分違うでしょうからね。

 

そして、プライベートでは2015年11月11日に3つ年上の一般女性と結婚。

 

この時の公開プロボーズをしていた番組…何となく覚えています。

 

そんな公私共に充実してきた三遊亭とむさん。

 

質の良い舞台が評価されたのか、笑点の特番などにも出演するなど確実に成長しているようです。

目標は90歳を越えても舞台に立ち続ける大先輩方のように

人生を掛けて落語の素晴らしさを伝えていくこと

 

以上のように、「笑い」への考え方を見事に変えた三遊亭とむさん

いつか笑点のレギュラーになれるように、これからも是非頑張って欲しいですね♪

 

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「三遊亭とむの本名」まとめ

今回は三遊亭とむさんの本名でやっていた芸人・末高斗夢時代から落語家への転身理由についてお送りしました。

実家が歯医者さんでお金持ちにも関わらず、スネをかじるではなしに自分の力だけで頑張っていたようで、とても好感が持てる好青年でした。

 

イケメンで人気もこれから益々出るでしょうから、将来的には是非、

笑点のレギュラー

まで登り詰めて欲しいものです。

 

以上、最後までお読み頂きありがとうございました。