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清水健元アナの経歴!妻に託された息子との人生が切なすぎる

24時間テレビの司会も務めた元読売テレビアナウンサーの清水健さん

シミケンと呼ばれる人気アナでしたが、2016年の年末に2017年の1月いっぱいで読売テレビを退社するというニュースが飛び込んできたばかり。

 

ところが、そのシミケンこと清水健元アナが今度は

大阪府堺市の市長選に出馬する

との報道がありました。

 

関西圏では宮根誠司アナに並ぶくらい大人気のアナウンサーだったので、メディアから一時離れられても世間は放って置けないということなのでしょうか。

 

個人的には、奥さんを乳ガンで亡くされて、育児とアナウンサーとしての仕事の両立が難しくなり、

息子さんとの時間を取りたくて辞められたのかな?

と思っていたので、この報道は凄いビックリです!

 

そこで、この記事ではそんな清水健元アナの経歴と彼が現在シングルファザーとして奮闘することとなった壮絶な人生を改めて振り返ってみたいと思います。

 

清水健元アナの経歴と現在は?

清水健さんは、1976年4月19日の現在40歳

私と同世代であり、自然と応援したくなる爽やかなアナウンサーといった印象がありました。

 

大阪府堺市出身なので、今回の堺市長選の話は、擁立する大阪維新の会にとってはこれ以上ない人材でしょう。

 

清水さん自身の学歴は、小学校から大阪府立泉陽高等学校に通うまでは地元大阪堺市内の学校でした。

小・中学校時代は、何とコブクロの黒田俊介さんと同級生だったとのこと。

 

それにしても、同級生にこれほどのスターが2人とは…

堺市ってどうなってるんでしょう…

 

堺市は電車などで通過したことはあっても、まだ降り立ったことがないのでわかりませんが、街歩けば地元出身のスターたちの馴染みの場所がゴロゴロしてそうです。

もし仮に清水市長が誕生ということになれば、きっと地元の人にとっても非常に嬉しいことなのではないか?と想像します。

 

高校卒業後、清水さんは中央大学に進学。

専攻は文学部社会学科だったようなので、世の中に対する好奇心旺盛な人だったと推測されます。

 

何でも、清水さんはスポーツも万能で高校時代に所属した陸上部では大会において100mで10秒9を叩き出すという逸材でした。

 

清水さんは身長161cmということもあり、個人的には俊足を生かした他のスポーツをやったらいいのに…と思うのですが、実際に清水さんが大学時代やったのは何とアメリカンフットボール!

屈強な選手達がぶつかるスポーツを敢えて選択するとは…シミケンさんは根っからの体育会系なのでしょうね。

 

そのアメフトに夢中になりながら学問もガッツリ学び…と大学生活を十二分に堪能した彼の選んだ進路はアナウンサー

 

プロとかスポーツの道じゃないんかぃ!

とツッコミ入れたくなりますが、そのアナウンサーになるために、実は1年留年までしたとのことなのでビックリです。

 

調べてみると地方局やラジオを含めると中央大学出身のアナウンサーは結構居るんですよね。

 

テレ朝の矢島悠子アナもそうですし、NHKの大相撲や競馬などでお馴染みの藤井康生アナもシミケンさんの先輩になります。

 

シミケンさんは、そんな先輩たちに刺激されて?アナウンサーを目指したのかもしれません。

 

こうして、アナウンサーへの強い意志を貫きシミケンさんは2001年に無事読売テレビに入社

 

どっちの料理ショーなどのバラエティ番組へ起用された後、2009年から平日夕方からの情報番組『かんさい情報ネットten!』のキャスターに就任。

そして2011年からメインキャスターに抜擢されて以来、その人気はうなぎ登りだったわけです。

近年は24時間テレビのキャスターも努められるほどの人気アナに成長。

 

そんな人気絶頂時に惜しまれつつ、2017年の1月いっぱいで退社することになるのですが、

家庭の事情もあって致し方ないとは言え、正直読売テレビにとっては相当痛いでしょうね。

 

そしてファンや関係者たちも残念な気持ちでいっぱいだったところに、今回の堺市長選への出馬のニュースです。

 

私も含め、恐らく目が点になった人は大勢いるのではないでしょうか?

 

今回調べてみて初めて知ったのですが、この情報番組『ten』の中で大阪維新の会の取材を担当したこともあって、実は前回の2013年の堺市長選挙の際も、大阪維新の会からの出馬要請があったようです。

 

その時は断ったようですが、今回のニュースもひょっとしたら

「出馬要請する」

ってだけで、清水さんは断るかもしれませんね。

逆に2度目になるので、今回は断れないのかもしれませんが…

 

何れにしても、まだ清水さん本人が正式発表するまでは情報に踊らされないようにしましょう。

 

ということで、清水さんの現在については読売テレビ退社してからフリーに転身するわけではなく、お子さんとの時間を今は大事にされていることと思います。

そして子育てしながら、昨年立ち上げた「清水健基金」の講演活動を行い、ガン撲滅や難病問題に立ち向かっている方々への支援に積極的に全国を飛び回っているようです。

 

やはり、大切な人を失ったという辛い経験をして、元々あった正義感や責任感がより触発され「縁の下の力持ち」を目指すことになったのでしょう。

 

シミケンさんは人望もあると思いますので、たくさんの支援者に恵まれることを切に願います。

 

以上、清水健さんの経歴や現在についてお送りしましたが、続いては

プライベート面はどうだったのか?

に踏み込んで行きましょう。

 

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シミケンに託された亡き妻の想い

清水健さんが奥さんと出会ったのは

『かんさい情報ネットten!』

の番組を通して。

 

当時、奥さんの奈緒さんはスタイリストとして同番組を支えていました。

 

どちらの方からアプローチしたのかはわかりませんが、いずれにしても職場結婚だったということになりますね。

人気アナと、それを影で支えるスタッフさんとの恋。

まるでドラマみたいです。

 

そして、2人は順調に交際を重ね2013年5月に結婚。

 

その約1年後の3月には妊娠が発覚して、シミケンさんはたいそう喜んだそうです。

ところが、その妊娠発覚の1ヶ月後に妻・奈緒さんが乳がんに侵されていることが判明。

 

医師からは、

子供を諦めるように!

と厳しい通達をされました。

 

清水家は、ジェットコースターに身を委ねるように幸せからどん底に突き落とされます。

 

そして、大きな決断を迫られた清水さんは妻・奈緒さんの「産みたい!」という意志を汲み取り、

「子供も治療も決して諦めない」

ことを決心。

 

清水さんは、乳がん治療のことを熱心に調べて中で、有効な治療法を発見してはその最高権威の方に直接話を聴きに行ったり、妻の乳がんに真剣に向き合っていたそうです。

 

諦めたらそこで最後…

 

もし自分の嫁が同じ境遇になったとしたら、清水さんと同じ行動が果たして自分に取れるのか?

他人事では思えないほどつい真剣に考えてしまいました。

 

というのも、乳がんの患者さんは年間8万人ほどいらっしゃるそうで、30過ぎの女性にとっては死亡原因1位とも言われている身近な病気なんですよね。

 

計算上では12人に1人の割合でなる可能性があるとのデータもあるそうです。

 

年間8万人という数字ではあまりピンと来ないかもしれませんが、「12人に1人」って言われると凄い恐ろしい病気だと感じます。

最近だと、北斗晶さんが闘病生活から無事に生還しましたが、治療法も年々進歩しているので、清水夫妻も大いに望みは持っていたことでしょう。

 

その信念を貫いたお陰で、お腹の中にいる胎児への影響を考えながらの治療と手術が成功し、2014年10月23日に待望の長男が誕生しました。

 

ところが、この時すでに奈緒さんのガンは肝臓や骨髄にまで転移していて、出産した2週間後には

もって3ヶ月という余命宣告

を受けることに…

しかし、愛する息子のため治療を諦めない清水家。

 

シミケンさんは毎日、病院からテレビ局に出社し、入れ代わりにシミケンさんの両親が長男を連れて病院へ、そして仕事を終えてまた病院に戻る…という過酷な生活が1ヶ月間続きました。

 

年末という慌ただしさもあったでしょうし、清水さんの献身ぶりには只々頭が下がります。

 

そして年明け早々には看病に専念するために番組にもう戻れないことを覚悟の上で休暇を申し入れます。

それを知った妻・奈緒さんの気持ちを察すると言葉になりません。

 

そんな中、奈緒さんの治療が良い方向に向かっていたらまだ救われるのですが、残念ながら抗がん剤治療は既に効かなくなっていたそうです。

 

そこで、清水さんは奥さんの体調に配慮しながら、年末年始の休暇を利用して家族旅行を計画しました。

 

普通であれば、奥さんの体調が持つかどうかもわからないのでそんな無謀なことはまず考えられません。

しかし、それでも

家族3人での思い出を何か残したい!

という清水さんの強い想いが勝ったということだったのでしょう。

やっぱり、こういう行動力抜群のところは体育会系ですね。

ちなみに自分だったら、そういう勇気のある行動が取れるか自信がありません。

 

こうして、清水家が向かったのは沖縄の竹富島

 

奈緒さんはこのとき

生まれて初めてベビーカーを押した

そうです。

 

普通のお母さんが、当たり前にやることをやっとできた喜びは、さぞ格別だったことでしょう。

 

幸いにして、この旅行中、奈緒さんの体調は良かったみたいで、

2015年の新年を家族3人で…しかも海のキレイな竹富島という最高のシチュエーションで迎える

ことができました。

 

ところが、旅行から大阪に戻ると奈緒さんの容体が急変。

治療は既に効かず、緩和処置をするだけだったとのことです。

 

まさに、命懸けで作った

家族旅行の思い出

となってしまいましたね。

 

そして迎えた2月11日に、妻・奈緒さんは息を引き取ります。

 

ママで居られた期間「たったの112日間」

という壮絶な結婚生活はこうして1年9ヶ月でピリオドを打ちました。

 

せめて物心付く3歳頃まで、息子さんとの時間を過ごせれば良かったのですが…

切なすぎます。

 

同じ親だからわかりますが、物心つかない息子を残して旅立つ辛さは計り知れません。

奈緒さんが命懸けで産んだ息子を清水さんに託した想い…

その重さを実感しているからこそ清水さんはこれからシングルファザーとして過酷な人生を歩まなければなりません。

 

奥さんが亡くなった後、奈緒さんの日記が発見されたそうです。

そしてその日記の書き出しには

 

「健さんが、私が死ぬことを前提に考えていることが凄く悔しい」

 

と綴られていました。

 

いくら本人の前では「大丈夫だよ!」と隠していても、やはり最悪の事態がどうしても頭をよぎってしまいます。

やっぱり、そういうちょっと後ろめたい事ってちゃんと本人にも伝わってしまうんですね。

 

清水さんはその日記を読んで、今は

もっと「一緒に頑張ろう!」とか励ますべきだった…

と後悔しているのだそうです。

 

そして、そんな奥さんへの想いを綴った本を昨年出版されました。


112日間のママ【電子書籍】[ 清水健 ]
 

清水家の壮絶な闘病生活と妻・奈緒さんへの熱い想いは、きっと同じような闘病生活を強いられているご家族に勇気を与えてくれることでしょう。

 

冒頭でも書きましたが、清水さんが今年の1月いっぱいで読売テレビを退社されたのは、奥さんの3周忌ということもあって

「改めて今の自分にできること」

を見つめ直した結果だと会見で言っていましたよね。

 

奥さんへの後悔の念がある中での

キャスターというハードな仕事と子育ての両立

は想像を絶するものがあったと思われます。

 

そしてそんな多忙な生活をよそにスクスクと待った無しで日々成長する息子。。。

もう前に進むしかありません。

 

息子さん共々、ママの分まで人生をこれから精一杯楽しんで行って欲しいですね。

 

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「清水健元アナの経歴」まとめ

今回は、元読売テレビの人気アナである清水健さんの経歴と妻・奈緒さんとの闘病生活を振り返ってみました。

こういう大変な苦境を乗り越えた話を聞くと、普通に生活出来ている自分に感謝しかありません。

 

清水さんは今後も、がん患者さんなどの支援など縁の下の力持ち的な存在で、奥さんと息子さんとのことを後世に語り継いでいくと思います。

 

人気アナだっただけに、今回の堺市町選への出馬の噂など周りが放っておかないと思いますが、

奥さんが命懸けで守った息子さんとの時間を何よりも大事にして欲しい

と思います。

 

奥さんの気持ちを考えると切なすぎますが、これまた命を張った最初で最後の家族旅行のお陰で息子さんはママの存在をその小さな胸にちゃんと抱いて育って行くことでしょう。

 

堺市長選への出馬が本当ならば、貴重な息子さんとの時間が確保できないことが予想され、凄く心配ですが、責任感が強い清水さんのこと…

 

きっと仮に当選しても、子育てとの両立をアッサリとこなしてしまうかもしれません。

 

そんなシミケンパパに負けないよう、私も良きパパで居られるよう、もっと努力して行きたいです。

 

以上、最後までお読み頂きありがとうございました。