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手倉森誠監督の年俸や評価は?現役時代の双子プレーが凄い!

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リオ五輪を目指すU-23サッカー日本代表が、五輪出場権まであと1勝というところまで来ました。

今回のアジア最終予選前までは、手倉森ジャパンを不安視する意見もありましたよね。

個人的にも、グループリーグの戦いぶりを見るに、正直「よくここまで来れたなぁ」という印象があります。

大一番のイラク戦は大きな壁となりますが、ケガ人も多い中で何とか決勝まで到達できることを願っています。

 

ところで、五輪切符まであと少しのところまで来れたのは当然、手倉森誠監督の手腕によるものと思います。

そこでこの記事では、個人的に気になった手倉森誠監督の年棒や采配に対する評価を調べてみました。

また手倉森誠監督と言えば現役時代、双子の弟である浩さんとの息の合ったプレーが印象的でした。

そんな手倉森監督の現役時代にも触れてみたいと思います。

 

手倉森誠監督の年棒予想

各国のフル代表に大物監督が続々と招かれ、代表監督の年棒はここ数年で急激に上がった気がします。

わが日本代表監督も、アギーレ監督で2億5千万、現代表のハリルホジッチ監督に至っては2億7千万とのこと。

 

欧州のクラブチームの監督に比べたら格安なわけですが、そもそもの試合数が違いますから、1試合当たりで考えると 破格の年棒と言えるかもしれませんね。

 

五輪代表監督もフル代表ほどではないにしろ、結構もらっていると思われるのですが、残念ながら正確な情報はありませんでした。

 

ということで、ここからは個人的な予想になります。

 

予想する上で、手倉森監督のJリーグ・ベガルタ仙台の監督時の年棒を引き合いに出しますと、仙台の監督は約5年間努めていて、当時の年棒推移が3000~3600万でした。

なので、五輪と言えど代表監督ともなれば、これよりもう少し上かな?と考えるのが自然です。

 

その観点でさらに調べたところ・・・

 

目安になるのは、日本が初めてワールドカップに出場したフランス大会のときの岡田武史監督。

当時の報道で約5000万という数字がありましたので、大体その辺かな~と思いました。

更には、日韓ワールドカップの時のトルシエ監督で約1億

 

どちらも10数年前の金額ですが、高騰してきている今のフル代表監督の年棒との兼ね合いでいうと、手倉森監督の年棒は

5000~8000万くらい

が妥当なのでは? と予測します。

 

1億は流石に行き過ぎという感じなので、おおよそそれくらいかと。

あくまでも個人的な予想なので、外れていたらすみません。

 

さて、年俸よりも気になるのは采配の評価です。

先日のイラン戦で大活躍した中島選手ですが、実は試合開始当日に急遽変更して選んだそうです。

イランは高さがあるので、当初は高さで勝負できる豊川選手でいくつもりだったとのこと。

 

ところが、相手の高さに合わせていては勝機はないと思い、当日変更ました。

また、拮抗した試合展開にも我慢して、交代枠を温存し、90分ではなく、延長戦も含めたトータルで勝とうとした。

これが結果的に上手く行きました。

今回のアジア最終予選は中2日という強行日程です。

 

手倉森監督はターンオーバー制を大胆に採用し、23人全員で1勝をもぎ取る姿勢を貫きます。

それもこれも選手を信頼してるからこそ!ですよね。

 

正直なところ、戦術的な面で言えば、少し古臭い面も多々あって、劇的な進化を遂げての勝ち上がりではないことは誰の目から見ても明らかです。

1言で表すと基本通り縦パスを入れつつサイドから崩す非常にシンプルなサッカーだと感じます。

 

しかしそんな戦術面よりチームのモチベーションや一体感を優先させたからこそ、日替わりヒーローが生まれる今の好循環に繋がっていると思います。

 

見方によっては勝負師と移るでしょうが、私はどうも単純にそれだけではなく、勝負に打って出られるだけの度量の広さを手倉森監督には感じます。

「選手マネジメント」

手倉森監督はこれに長けた監督であり、サッカーの質はそれほど上がっていない印象があるも、今の采配ぶりは十二分に評価されるべきと私は思いますが…

あなたは、手倉森監督をどう評価しますか?

 

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手倉森監督の高校時代は実写版キャプテン翼?

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手倉森兄弟と聞いて、真っ先に思い出されるのが高校時代の活躍です。

私は実は小学校の頃に見た、全国高校サッカーでの双子の手倉森兄弟の活躍を今でも鮮明に覚えています。

 

まるでキャプテン翼の立花兄弟を見ているような、随所にスーパープレーを見せる大活躍ぶりでした。

ちなみに…

立花兄弟が手倉森兄弟をモデルにしているという有名な話がありますが、手倉森兄弟の高校時代の活躍(1986年)よりも立花兄弟の登場(1982年)は4年も早いんです。

 

そんな手倉森兄弟の活躍の中でも圧巻だったのが、ハーフライン付近それも中央側ではなくタッチライン際から放り込んだ超ロングシュートです。

後にマンチェスターU時代で頭角を現し初めてきた頃のベッカムにも衝撃を受けましたが、それよりはるか前に目の前で見た驚愕のシュートでした。

しかも、当時のサッカーボールって今と桁違いに重いハズなんです。

凄いキック力だなぁ~と小学生ながら鮮明にその凄さを感じたのを覚えています。

 

その後も翼・岬のゴールデンコンビばりの息の合ったパス交換やアクロバティックなシュートを何本も見せ、全国的には無名の青森・五戸高校をベスト8に導きます。

テレビに釘付けになったあの日・・・懐かしいです。

 

高校卒業後もずっと双子揃ってプレーし、アントラーズの前身の住友金属やモンテディオ山形の前身のNEC山形でも密かに応援していました。

ユース代表にも双子で選ばれ、将来を嘱望されましたが、その後は残念ながらケガなどもあり思うように活躍できていなかったのが心残りです。

完全に高校時代にピークを迎えた早熟タイプの選手だったと言えるでしょう。

裏を返せば、それほど高校時代のプレーは凄かったということになりますね。

 

実際に、確か小学校のときから弟・浩さんにはブラジル・サントスFCのプロのスカウトも目を光らせていたようです。

兄・誠さんも、そんな弟の活躍に触発され、当時日本にはプロがありませんでしたが、自然とプロを意識するようになったとあるインタビューでおっしゃってました。

高校に入る前から、プロという高い目標を目指していたことを考えれば十分納得できるプレーの数々でした。

 

まだプレーを見たことがないという方、貴重な動画を見つけましたのでぜひごらんください。

 

重そうなボールが時代を感じますが、あの市船に5−1だなんて凄いですよね〜

 

ところで、この手倉森兄弟ですが、指導者となってからもベガルタ仙台で共に監督&コーチとしてタッグを組んでいます。

いつか・・・というより、ひょっとしたらリオ五輪日本代表でも監督・コーチとして同時入閣!

そんなゴールデンコンビ復活が見られるかもしれません。

 

ちなみに、、、

 

手倉森ジャパン誕生前に、あのラモスさんが

「次の五輪監督は俺しか居ないでしょ!

 何で手倉森なんだよー」

とボヤいていたらしいです(^o^)

 

その時は、私もブラジルでやる五輪だし、是非ラモスさんに監督やってもらいたい思いが強かったんですが、今は手倉森監督が五輪出場を決めて、そのまま五輪本番でも指揮を取って欲しいと思っています。

 

手倉森監督も過去にブラジル留学(サンパウロFC)の経験があり、そのときの寮の部屋は何とあのレオナルド選手が使っていた部屋だったとか。。

 

住友金属時代にはあの神様ジーコともチームメイトでしたし、ラモスさんに負けず劣らずブラジルには縁がある人ということで凄く期待しています!

 

五輪本番で手倉森監督がどんなメンバーを選ぶのか・・・今から楽しみで仕方ありません。

 

以上、最後までお読み頂きありがとうございました。