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ヤマハ社長・中田卓也の経歴は?年収を予想してみた!

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120年以上の歴史を持つ大企業

ヤマハ株式会社の社長である中田卓也氏。

 

ネットサーフィンしていたら

ちょうど1年前くらいに

カンブリア宮殿に出演されていた時の

動画に遭遇。。。

 

 

ヤマハと言えば老舗の楽器メーカー

というイメージがあり、

世界的にも認知度抜群ですが、

そんな大企業を率いる中田社長の経歴

など大変興味があります。

 

これほどの大企業ですから

きっと年収も凄いことになっていることが

予想されます。

 

ということで、今回は

ヤマハ・中田社長の経歴に着目しつつ

年収を予想してみました。

 

ヤマハ・中田卓也社長の経歴は?

 

中田社長の出身は岐阜県とのこと。

 

同じ東海地方ではありますが、

静岡出身ではないんですね。

 

これほどの大企業なので

一族経営とまでは行かないまでも

てっきり地元育ちの人材を優遇するなど

少しはあるのかも?って勝手なイメージが

あったので少し意外でした。

 

生年月日は1958年6月8日生まれとの

ことで現在は58歳ということになります。

 

ヤマハほどの社長なので

もう少し高齢かと思いましたが

まだ58歳という若さにこれまた

少しビックリです。

 

 

中田社長の最終学歴は慶應義塾大学。

 

流石一流大学出身だと感じますが、

注目すべきは法学部卒ということです。

 

中田社長は昭和58年に

ヤマハ株式会社に改名前の

日本楽器製造株式会社に入社されますが、

法律の専門知識を学ぶ中で

どうして楽器メーカーへ就職したのか?

すごい気になりますね。

 

中田社長は現在、

自らヤマハ「大人の音楽教室」で

ギターを学んでるそうですが、

音楽好きが影響しての就職だったのか?

と気になり調べてみると…

 

何と4歳の頃からヤマハ音楽教室に通う

音楽大好き少年だったことがわかりました。

 

中学・高校時代はバンドを組んで

ギターを弾きまくっていたようです。

 

影響を受けたバンドは

レッド・ツェッペリン!

 

今でも重要な決断を下すときには

このツェッペリンを聴いて

頭の中をリフレッシュしているようで

何だか人情味のある社長さんで

好感が持てます。

 

 

私も小学校からBONJOVIなど

聴いていたので、世代は違いますが

話が合いそうです^^;

 

 

ということで、

音楽とモノ造りが好きでヤマハ入社は

必然的だったことがわかりました。

 

って、

ぜんぜん法律と関係ないじゃん!

 

というツッコミは置いときまして…

 

 

中田社長の経歴を調べながら

何と言っても驚いたのが

30代の頃は平社員だったという

ことです。

 

イメージ的には先代の社長の

血縁者なんだろうなと思って

いましたが、どうやら

平社員から這い上がってきた人

のようですね。

 

30代で平社員ってことは

出世コースよりも、第一線で

技術者としてずーっと勝負してきた

いわゆる叩き上げの社員だった

ことが想像できます。

 

 

そんな中田社長は2010年に

ヤマハコーポレーション・オブアメリカ

の代表取締役社長に就任。

 

その3年後の2013年(平成25年)に

ヤマハ株式会社の代表取締役に就任

されました。

 

中田社長 55歳のときです。

 

恥ずかしながら、

これほどの大企業の社長交代が

ごく最近だったとは知りませんでした。

 

 

 

ただの音楽とモノ造りが好きな少年が

大企業のトップに登りつめた!

ってだけで何かお腹いっぱいですが、

 

当のご本人の目標はまだまだ先に

あるようなんです。

 

というのも、取締役に就任してから

ヤマハ社内外の抜本改革

推し進めていっているんだとか。

 

 

従来の楽器関連の事業に加え

企業買収やネットワーク機器の開発

にも力を入れ始めています。

 

社内組織も一新して

創業130周年の節目まであと1年、

まだまだこの抜本改革は進んで

行くそうです。

 

どんなジャンルでも前向きな話を聞くと、

自分も頑張らないと!

と勇気をもらえますよね。

 

一流の経営者が、

トップの座に座ってもなお

ますます前へ前へ前進しているところ

を見ると、自分ってまだまだ甘ちゃん

だと痛感します。

 

 

私も普段は設計をしていますが、

同じ技術者として、中田社長を見習って

まだまだ自分の技術を磨いていかなければ!

という良い気付きが得られて良かったです。

 

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中田社長の出世の要因はその性格にあり?

 

さて、

30代の頃、一般社員だった中田社長が

どうやって出世していったのか?

 

いちサラリーマンとしては

非常に気になるところ。

 

調べてみると、

出世のキッカケになったのは

シーケンサーと呼ばれる自動演奏装置の

開発リーダーを務めたことだったようです。

 

その経験が中田社長の転機となったらしい

ことがわかりました。

 

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シーケンサーの開発プロジェクトは

当初は9人ほどの小さな組織だった

のですが、最終的に100人規模の

ビックプロジェクトとなったようです。

 

プロジェクトを約10倍の規模にした

ことでの功績が評価された

と想像できますね。

 

そして、そのビックプロジェクトの

成功の元となったのは

”なんでもとにかくやってみる”

という中田社長のエンジニアとしての

好奇心にあったんだと思います。

 

 

 

私も開発部門で働く身ですが、

例外なく大きなプロジェクト等の

トップで陣頭指揮を採るのは間違いなく

好奇心(向上心)を持っている人

だと感じます。

 

そんなエンジニア上がりの人が社長だと、

その下で働く社員は環境的に

凄く働きやすいことでしょう。

 

残念ながら私の会社の社長は

よそから来た非技術者出身が社長なので

開発部門の意見や要望を

聞き入れてもらえないケースが

多々あります。

 

それに比べ、同じエンジニア出身の

社長なら現場の声(社員の気持ち)も

凄く理解してもらえそうなので

ヤマハの社員がホント羨ましいです。

 

 

中田社長は、

自分の会社の音楽教室に実際に通う

ところからも、

現場を大事になさっている

ことが伺えます。

 

もっとも、音楽教室の運営側は

緊張して大変だと思いますけど…

 

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中田卓也社長の年収を予想してみる!

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ここまで中田社長の経歴を

ざっくりと振り返ってきましたが、

やはりどうしても気になるのは

中田社長の年収が一体どの位なのか?

ですよね。

 

東洋経済オンラインのランキングでは、

ヤマハの役員の平均年収は5,620万円

とありました。

 

この数字はあくまでも平均なので

取締役ともなると2倍までは行かないまでも

その1.5倍くらいになる

8,000万円程度はもらっている

のではないでしょうか?

(あくまでも個人的な予想です)

 

 

ヤマハ社員にとっても

頑張ればそこまで目指せるんだ!

ということを示すために、

もしかしたら1億円に到達している

かもしれません。

 

現在、推し進めている抜本改革によって

会社がもっと成長すれば年収も自然と

跳ね上がっていくことでしょう。

 

私が勤める中・小企業の社長なら

せいぜい3,000〜5,000万くらいが

限界だと思います。

 

そんな、大物社長が仕掛ける

抜本改革の成果は如何に?

 

今後のヤマハ関連のニュースに

注目して行きたいと思います。

 

以上、最後までお読み頂き

ありがとうございました。

 

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